呼吸器外科 部長
松本 耕太郎
患者さんの個々の病状や状況に応じた医療の提供に心掛けています。
概要・特色
呼吸器外科とは?
呼吸器外科とは、胸部に存在する肺・気管・気管支・縦隔(じゅうかく)・胸壁・横隔膜など心臓や食道以外の呼吸器系臓器にかかわる疾患に対して、手術治療を担当する科です。胸部レントゲン写真で肺に影があったり、胸が痛んだり、息切れや呼吸困難、咳や痰が多い、あるいは血痰がでるなどの症状がある場合には、呼吸器外科に関連する疾患の可能性があります。
肺のしくみと働き
肺の働きは呼吸に関連しています。鼻と口から始まった気道(空気の通り道のこと)が左右の気管支に分かれ、それぞれ左右の肺門(肺の付け根)から肺内に入っていきます。肺の内部に入った気管支はさらに枝分かれを繰り返しながら細くなり、最終的には肺胞につながります。この肺胞の周囲には毛細血管が網目状に取り巻き、呼吸によって取り入れた肺胞内の空気から、酸素を血液中に取り入れ、血液中の二酸化炭素を肺胞内に押し出す、いわゆる"ガス交換"が行われています( 図1 )。
さて、左右の肺への入り口である肺門には、気管支、肺動脈、肺静脈が出入りしています。肺動脈とは心臓から出て肺門から肺に向かって血液を流す血管で、肺静脈は肺から出る血液を心臓にもどす血管です。肺動脈と肺静脈とは、その中を通る血液の性状が異なっています。心臓にもどる血管すなわち肺静脈中を流れるのは肺胞から酸素を十分供給され、酸素化された血液です。これに対し肺動脈を流れる血液は、体中で酸素を消費し、二酸化炭素を多く含んだ状態で心臓へ戻ってきた血液で、心臓から肺内へ向かって流れています( 図2 )。
縦隔とは?
縦隔(じゅうかく)とは、左右の肺と胸椎、胸骨に囲まれた部分を指します。
上部は頚部、下部は横隔膜までです。ヒトの身体をCT画像の横断像で見ると、気管より前方が前縦隔、気管より後方が後縦隔、気管が左右に分かれる心悸部と呼ばれるあたりが中縦隔、これより上方が上縦隔、下方が下縦隔と区分されています。縦隔には心臓、大血管、気管、食道など重要な臓器や器官が存在しています。
呼吸器外科で扱う主な疾患としては、
- 肺悪性腫瘍性疾患:肺がん(肺原発悪性腫瘍)、転移性肺腫瘍、肺良性腫瘍
- 縦隔の疾患:縦隔腫瘍(とくに胸腺腫(きょうせんしゅ))、重症筋無力症、神経原性腫瘍
- 胸壁・胸膜の疾患:胸膜中皮腫(きょうまくちゅうひしゅ)、胸壁腫瘍
- 気腫性肺疾患:気胸、肺のう胞、肺気腫
- 炎症性疾患:膿胸(のうきょう)、肺化膿症
- 先天性肺疾患:肺動静脈ろう
- 胸部外傷
などがあります。
このうち手術の対象として最も多いのが肺がんです。
当院の呼吸器外科では、肺がん、気胸、縦隔腫瘍をはじめとする様々な胸部疾患に対して他の診療科と密に連携して治療を行っています。肺がんをはじめとした胸部悪性腫瘍の手術から気胸などの良性疾患に対する手術を幅広く行っています。患者さん一人ひとりの体力と希望を総合的に考えながら、肺がん診療ガイドラインに基づいて治療方針を決定しています。
当院では2022年から呼吸器センターが新設され、呼吸器外科と呼吸器内科の医師がチームで診療にあたっています。治療方針については、呼吸器外科・内科に放射線科、病理診断科、リハビリ科などの、がん治療サポートチームが連携・協力し、患者さんにとって最適な治療を提供できるように強化されています。
当科の診療実績
2018年に行った呼吸器外科手術は99例で、内訳は原発性肺癌46例、転移性肺腫瘍10例、良性肺腫瘍3例、縦隔腫瘍9例、特発性または続発性自然気胸15例、炎症性肺疾患2例、膿胸3例、胸壁腫瘍1例、その他10例でした。原発性肺癌手術46例のうち、43例は胸腔鏡下手術で行われました。開胸手術3例の内訳は、気管支形成1例、胸壁合併切除2例でした。
当科の肺がん治療の特色
当科では胸腔鏡手術を積極的に行っています。
1.胸腔鏡手術(VATS:バッツ)
内視鏡を用いた手術、いわゆる胸腔鏡手術では従来の開胸手術と比べて傷が小さく、筋肉や肋骨を切断しないため、術後の痛みや呼吸機能の悪化が少ないと考えられています。胸腔鏡手術には主に胸腔鏡補助下手術と完全胸腔鏡下手術があります。いずれも最終的に肺がん病変を含めた肺組織を体外へ摘出するための4~6cmの小開胸創が必要になります。当科では基本的に皮膚切開は2箇所のみで、長さは1cmの胸腔鏡挿入口と5~6cmの病変摘出口を兼ねた手術操作口です。この手術法では病変を体外へ取り出すために最終的に必要となる小開胸創を始めから最大限利用します。小開胸創から見える視野は3次元の肉眼的空間で、最も重要な血管、気管支への操作をより安全に行うことができます。また直視下操作が及びにくい胸腔内深部では4K画像などの高解像度画面を見ながら行う胸腔鏡下に手術を行います。いわゆる、直視下、鏡視下の利点・欠点を補いながら行う手術法でハイブリッドバッツ(Hybrid VATS)と言われています。肺癌の手術を行う上で最も重要なことは、根治性の高い手術(質の高い手術)をいかに安全が確保された状態で行えるかどうかです。したがって、傷の大きさにこだわりすぎて手術の安全性、根治性を損なわないようにすることが重要と考えています。当科では患者さん一人一人で異なる病変の進行度や全身状態などを総合的に判断し、最適である手術アプローチ方法を考慮しています。場合によっては傷を拡大して手術を行うこともあります。
2.縮小手術(呼吸機能温存のための根治的区域切除・部分切除)
従来の肺がん手術では小さな腫瘍であっても、腫瘍の存在する肺葉を完全に取り除いていました。
近年、腫瘍の大きさが2cm以下で肺の辺縁近くに存在する場合には、肺葉を形成する肺区域という単位での肺切除で完全切除が可能な場合があり、同じ肺葉内でも腫瘍から離れた部分の肺区域を温存できる可能性が最近の研究で報告されています。当科では縮小手術の適応があると判断される症例では、肺活量の温存や術後の生活レベルの向上を目的に、呼吸機能温存を目的とした縮小手術に積極的に取り組んでいます。さらに、この縮小手術と胸腔鏡手術を組み合わせて行うこと、すなわち傷を小さくして痛みを軽減しつつ、呼吸機能温存を図ることは、究極に身体に優しい肺がん手術と考えられます。
3.拡大手術
進行したIIIA期肺がんに対しては根治を目的に隣接臓器の合併切除を伴う拡大手術を施行したり、症例によっては、抗がん剤治療や放射線治療を組み合わせた術前導入療法を行った後に手術治療を行う集学的治療についても積極的に取り組んでいます。
縦隔腫瘍について
縦隔とは左右の肺の間に位置する部分のことを指しています。ここには心臓、大血管、気管、食道、胸腺などの臓器があります。縦隔腫瘍は、これらの縦隔内臓器に発生した腫瘍の総称です。発生年齢は小児から高齢者まで幅広く分布し、悪性腫瘍もあれば良性腫瘍もあります。
なかでも最も頻度の高い腫瘍は胸腺腫瘍です。胸腺腫瘍の代表疾患は胸腺腫です。胸腺腫は癌に比べて低悪性度な腫瘍ですが、胸膜播種という形式で再発することがあります。胸膜播種再発に対しては積極的に切除を行うことで長期生存を得られることもあります。当科では、胸腺腫に対する手術を含め、良性縦隔腫瘍(胸腺嚢胞、奇形腫、気管支嚢胞、神経原性腫瘍など)に対しては完全胸腔鏡下摘出術を第一選択としています。しかし、腫瘍径が5cmを越える大きな腫瘍や、周辺臓器への浸潤が疑われる胸腺腫の場合には根治性と安全性を確保するために開胸摘出術(胸骨縦切開)も躊躇しません。
また重症筋無力症に対しては、周術期管理を神経内科と協力した上で、両側胸腔鏡アプローチによる完全胸腔鏡下拡大胸腺全摘術を第一選択としています。従来の胸骨縦切開下胸腺全摘術に比べ、美容上のメリットだけでなく、術後のクリーゼ発症も少なく、呼吸管理などの点で優れたアプローチ法と考えられています。
当科の完全胸腔鏡下手術は、二酸化炭素CO2を胸の中に送気することで人工気胸下に視野を確保し、3か所(5~12mm)のポート孔を基本として、腫瘍摘出術または胸腺腫瘍、胸腺摘出術を行います。CO2送気を用いることで、より小さな傷で低侵襲に手術を行うことができます。
気胸について
気胸(ききょう)とは、肺から空気がもれて、胸腔にたまっている状態をいいます。胸腔は肋骨や筋肉で形成された頑丈な胸壁で取り囲まれているため、逃げ場を失い、溜まった空気は柔らかい肺を圧迫、押しつぶしてしまいます。つまり気胸になると、息を吸っても肺が広がりにくいため呼吸がうまくできません。気胸の原因で最も多いのは自然気胸です。これは10-30歳代の長身・やせ形の男性に好発します。その次は喫煙歴の長い60歳代の男性によく発症します。高齢な方の場合は主に喫煙に伴う肺気腫があり肺の状態が良くないため、治療に時間を要したり、治療後に気胸が再発することが少なくありません。
自然気胸には、健康な人に突然起こる原発性自然気胸と、何らかの肺の病気に関連して起こる続発性自然気胸に分類されます。
自然気胸は、肺尖部(肺の最も頭側)にできやすい肺のう胞(ブラ、ブレブ)に穴が開き、肺内の空気が胸腔内漏れ出ることが原因です。必ずしも運動中や大きな声を出しているときに穴が開くわけではなく、普通に生活しているときに急に発症することを多く見かけます。通常は、ある程度のところで空気漏れが止まることがほとんどですが、時に空気が漏れ続けることがあり、胸腔内の空気圧が高まることで心臓や肺が強く圧迫され、呼吸・循環不全といった重篤な状態に陥ることがあります(緊張性気胸といいます)。
最も多い症状は、突然の胸の痛みと呼吸困難(息苦しさ)です。緊張性気胸では、高度の呼吸困難やチアノーゼ、ショックなどの重篤な症状を呈します。胸部レントゲン検査で肺の虚脱(縮んだ肺)があれば容易に診断されます。CT検査では肺の虚脱と同時に、気胸の原因となる肺嚢胞などがあるかを診断することができます。
肺表面にあいた穴が小さい場合は、胸腔に漏れ出る空気量も少ないため、症状や肺の虚脱は軽く安静のみで改善することがあります。空気漏れが多い場合は必然的に症状や肺の虚脱も強いため、胸の外からチューブを入れて胸腔内に溜まった空気を抜く必要があります。CT検査で明らかな肺のう胞が確認される場合や気胸の程度によっては、再発防止のために手術で肺のう胞を切除することが推奨される場合があります。
自然気胸の予後は、適切な治療をすれば良好ですが、緊張性気胸は死亡に至る可能性がある重篤な状態です。
続発性気胸の主な原因としては、嚢胞性肺疾患、月経随伴性気胸が挙げられます。
嚢胞性肺疾患とは、何らかの原因で肺の微小構造が破壊され、肺内に小さな風船のようなもの(ブラ:bulla)が多数できてしまう病気の総称です。
月経随伴性気胸は、30~40歳代の女性に多く、異所性子宮内膜症の一疾患です。
その他には外傷に伴う気胸があります。
胸腔鏡下肺嚢胞切除術
当科では、ほぼすべての気胸症例に対し胸腔鏡下手術を行っています。手術に際しては、側胸部に3~12mmのポート孔を少なくとも3か所作成します。胸腔内に挿入された胸腔鏡で病変を確認しながら自動縫合器で病変部を切除する術式で、体に負担の少ない低侵襲手術と考えられています。したがって、ほとんどの患者さんが術後3~4日で退院されます。
当院では呼吸器内科、呼吸器外科、救急科が連携し、自然気胸に対して速やかな診断と治療が行えるように心がけています。また気胸の原因となる様々な肺の病気に対しても、呼吸器内科、一般内科、呼吸器外科で連携して診療に当たっています。
外来担当医師
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水 | 松本 耕太郎 |
木 | 松本 耕太郎 |
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