1.はじめに
下垂体は,トルコ鞍といわれる頭蓋底の骨のくぼみにサクランボの様にはまり込む指先ほどの小さな組織ですが、重要なホルモンが沢山産生されており大変に重要な部分です。
下垂体は大きく前葉と後葉に別れ、前葉から産生される代表的なホルモンとして、①成長ホルモン(GH)、②乳汁分泌ホルモン(PRL)、③副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、④甲状腺刺激ホルモン(TSH)、⑤性腺刺激ホルモン(LH、FSH)があり、後葉から産生される代表的なホルモンとして①抗利尿ホルモン(ADH)や②子宮収縮ホルモン(Oxytocin)があります。
2.下垂体腺腫とは?
下垂体腺腫は主に下垂体前葉の細胞が腫瘍化したものですが、殆どが良性の腫瘍です。
腺腫はホルモン産生性のもの(機能性腺腫)と、ホルモン非産生性のもの(非機能性腺腫)に分けられ、発生する割合としては、非機能性腺腫が約40%、機能性腺腫の中で乳汁分泌ホルモンを異常に産生するプロラクチン産生腺腫が約30%、成長ホルモンを異常に産生する成長ホルモン産生腺腫が約20%となっています。副腎皮質刺激ホルモンを産生する腺腫はクッシング病と呼ばれ、満月様顔貌を伴う中心性肥満や高血圧、糖尿病や骨粗鬆症などを合併する疾患ですが、腺腫全体では約5%程度と少なく、甲状腺刺激ホルモンを産生する腺腫はさらに頻度が少なくなります(図1)。
図1.発生する下垂体腺腫の割合
3.代表的な下垂体腺腫
(1)非機能性腺腫
ホルモンの異常分泌を伴わない非機能性腺腫は早期には自覚症状に乏しいため、視神経を圧迫し視野・視力障害が出るほどの大きさで発見されることが度々あります。腫瘍が大きくなると下垂体の機能が損なわれ、ホルモン異常が起こることがあります。
(2)プロラクチン産生腺腫
機能性腺腫のなかで最も頻度の高いプロラクチン産生腺腫は女性に多い腺腫です。月経不順や無月経となり、乳汁分泌ホルモンが異常に高くなると乳汁分泌を伴います。不妊症のため産婦人科を受診され、この腺腫が見つかる場合が度々あります。
(3)成長ホルモン産生腺腫
成長ホルモンの異常高値により、若年者では巨人症、成人では先端肥大症となります。先端肥大症は特徴的な顔貌となりますが、ご本人自身は気付かない事も多いです。靴のサイズが大きくなったり、指輪が入らなくなったりする事で受診される患者さんもおられます。
成長ホルモンの異常高値が持続すると、高血圧、糖尿病、高脂血症や心臓病など様々な合併症が現れる危険が高くなります。
(4)副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫(クッシング病)
前述した様に特徴的な肥満体型となったり、高血圧や糖尿病、骨粗鬆症など様々な合併症を認める事が多い腺腫です。診断には他の腺腫以上に綿密な内分泌検査が必要で、治療も手術、薬剤、放射線治療などを組み合わせて行うことが多い、治療が難しい事の多い腺腫です。
4.治療は?
腺腫のタイプによって治療方針も異なります。
治療方針としては大きく、内服治療、外科治療および放射線(ガンマナイフ治療)が挙げられますが、当科では綿密な内分泌学的検査を行って、まずどのタイプの腺腫かを診断し、患者さんの状態に最も適した治療を選択します。
例えば、プロラクチン産生腺腫の場合、多くの症例が内服治療により症状を改善させることが可能ですが、他のタイプの腺腫は外科治療が必要となることが多いです。また、プロラクチン産生腺腫であっても、状況によっては手術をお勧めする場合もあり、患者さんご本人と充分な検討を重ねて治療方針を決定しています。
5.Neuro-navigation systemを用いた経鼻的腫瘍摘出術
検査結果や症状から外科的治療が必要と判断したものは経蝶形骨洞的腫瘍摘出術を積極的に行っています。 手術は、侵襲の最も少ない経鼻的アプローチを原則として選択し、さらに手術操作の精度を高めるために常時Neuro-navigation system(ニューロナビゲーション装置)を用いて手術を行っています。この装置は手術精度を大きく高めるだけでなく、今までの下垂体手術で使用してきた(現在でも多くの施設で使用されている)放射線装置による放射線被曝がなくなる利点があります(図2)。
図2.ニューロナビゲーション装置を用いた手術風景
予め術前に撮影したCT、MRIのデータをナビゲーションに用います。術中に操作している部位をon timeで描出することにより、重要な構造物と腫瘍の境界を明確に描出でき、手術の精度の向上とリスクの軽減が最大限に得られます。
6.治療成績
現在までに200例以上の経蝶形骨洞手術を経験し、過去5年間の自験例は151例でした(図3)。
手術に於いては腫瘍摘出のみならず、特に機能性腺腫では内分泌学的な是正を最終目標としています。例えば、成長ホルモン産生腺腫において、治癒寛解基準として発表されたコルチナコンセンサスに基づくGH是正率は、腫瘍が海綿静脈洞に浸潤していない場合では80%を越え、海綿静脈洞浸潤例でも50%程度と良好な成績を収めています(図4および図5)。
治療効果を高めるために、外科手術のみでの完治が難しい症例には、薬剤治療や放射線治療(ガンマナイフ治療)を組み合わせて行う場合もありますので、治療前に充分な説明を行っています。
図3.過去5年間(2003年4月より2008年3月まで)の手術症例の内訳
過去5年間では非機能性腺腫に対する手術症例が最も多く、次に成長ホルモン産生腺腫、プロラクチン産生腺腫の順になります。現在まで退院時における重篤な合併症の発生率は0%です。
図4.下垂体腺腫における術前および術後MRI画像(1)
術前MRI(上2段)で認められた腫瘍は、術後MRI(最下段)では摘出されています。3例とも片方の鼻の穴から経鼻経蝶形骨洞手術を行っています。左から1)非機能性腺腫、2)大きな嚢胞を伴う非機能性腺腫、3)成長ホルモン産生腺腫の症例です。
図5.下垂体腺腫における術前および術後MRI画像(2)
男性のプロラクチン産生腺腫の症例です。術前の乳汁分泌ホルモンは200ng/mlを越え、乳汁分泌を認めていましたが、術後翌日にはホルモンの値は4.2ng/mlと正常化し、乳汁分泌もなくなりました。
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国家公務員共済組合連合会 浜の町病院 脳神経外科
松角 宏一郎
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